仙台高等裁判所秋田支部 昭和41年(う)39号 判決
判決理由〔抄録〕
所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌するに、被告人が、停車していた本件自動車の後方約四〇米の道路上において友人の新谷一夫と立話中、降雨が激しくなったので立話を止め、本件自動車に乗車すべく急ぎ足で道路の左側を通りながら、一応本件自動車の後方および両側方の安全を確認したけれども、本件自動車の車体に視野を妨げられてたまたま右道路上を反対方向から歩行して来た本件被害者およびその夫である佐々木市郎左エ門の両名を発見できず、また、本件自動車に乗車しようとして後方からその右側に廻った際にも右両名が本件自動車の左側を側溝に沿って通行していたので、丁度本件自動車を中にしてすれ違いの格好となったため右両名の姿を認めることができないまま乗車し、次いで運転席に着席して前方を確めた後運転席右側の窓から顔を出して後方を見ながら後退したが、その左後方を歩行していた被害者に気が付かなかったため、本件事故を惹起するに至ったことが認められるから、所論のとおり、被告人は、本件自動車に乗車する直前その後方から歩いて来て本件自動車の後方および両側方の安全を確認し、発車時にも前方を確かめ右側の窓から後方を顧みて後退したものということができる。
しかし、本件事故現場は、平たんな見透しのよい道路上ではあるが、巾員約七メートルのアスファルト舗装の公道上であって当然人馬の通行が予想され、しかも本件自動車は人家の脇に停止していたものであって、所論の如く附近の状況からして道路上に突如として通行人や車馬の現われる可能性が全くない場所といえないのはもとより、本件自動車が、通常一般の自動車と異なり大型特殊自動車に属するクレーン車であって、車長八・四七米、車巾二・四七米、車高三・一九米もあり運転席からの死角が極めて大きく、運転者が自動車の右後方から車体の右側を通って乗車する際に車体に妨げられてその左側を通行する人を発見できない場合があり、しかも右通行人が自動車の後方に出た場合運転席右側の窓から顔を出して後方を見ただけでは全く死角に入っていて到底これを認めえないことに照らせばかかる大型特殊自動車を人馬が通行する可能性のある道路上において運転補助者の誘導によらずして後退せしめんとする自動車運転者は、たとえ自動車の後方から来て乗車した場合であっても、単に運転席において前方を確かめ右側の窓から顔を出して後方を見ただけでは、自動車運転者としての注意義務を果したものということができず、更に原判示にいうが如く、警笛を吹鳴し、運転台より半身を乗り出し、あるいは左右の窓から首を出すなどして、退路上の歩行者の有無ならびにその安全を十分確認し、もし右措置をとってもその安全を十分確認し得ないときには、更に自動車の周囲を一巡するなどしてその安全を確認した上で後退しなければならない注意義務があり、当時降雨が激しかったことなど所論の事情を斟酌するも、被告人に対してかかる注意義務の履行を期待しえないものということができないから、右注意義務の履行を怠った被告人に過失を認めた原判決はまことに相当であって、所論にかんがみ更に記録を仔細に検討し、当審における事実取調べの結果に徴するも、原判決には毫も事実の誤認を疑うに足りる事由を見いだし難い。論旨は理由がない。